■ビールには長い歴史があります。
紀元前3500年前、チグリス川とユーフラテス川の間に栄えた国バビロニアで、ビールはすでに重要な役割を演じていました。
ヨーロッパでも、石器時代初期の出土品は、今のドイツにあたる地域でビールが作られ、飲まれていた事を示しています。
発掘調査によれば、ビールの製造法はほぼ同じです。
つまり、焼く前のパンを水に浸しておくと自然に醗酵が始まり、それによってアルコールと炭酸が生じるのです。
バビロニアではすでに、デンプンを糖化するのに必要な酵素を得るため、麦芽を用いることも知られていました。
古代エジプトではパンからマイシェを作り、その麦芽汁を醗酵させました。
当時はまだホップは、知られていません。
でもビールの香り付けには色々な香料が用いられていました。
●紀元前から紀元後の変わり目の頃、ヨーロッパでは、ケルト族がアルプスとドナウ川にはさまれた今日のバイエルン地方で、ビールを作っていました。
ただ、当時のバイエルンを支配していたローマ人達は、ビールを高く評価してはいません。
●この初期の醗酵飲料が今日のビールへと発展するまでには長い時間がかかりました。
ドイツを例にあげて説明しましょう。
より早く、より確実に醗酵させることは、醸造過程で酵母を含んだ泡を加えることで解決できました。
しかし、
本来どんより濁っていたビールを澄ませ、苦味をつけるために、ありとあらゆるものが添加されてきました。
例えば、こけもも、杜松(としょう)の実、オークやブナの樹皮、濶葉樹の葉、サルビア、没食子(もつしょくし)等々です。
ホップがビールの製造に利用されるようになったのは、ようやく7世紀頃になってからのようです。
■紀元前500年頃からつくられ始めた"グルートビール"の味付けに使われた、雑味を和らげるため薬草 グルート。
苦味付けとして実際に用いられた薬草には、ホップ、グルート、タチヤナギ、テンニンカ、サ ルビア、アニス、ハッカ、ニッケイ、チョウジ、ニガヨモギなどがありました。
その後、9世紀頃からは、香りがよく、苦味も適当等という理由でホップを使ったビールが主流となりました。
●この当時、ビール作りは修道院で行われていました。
もっぱら自家消費用に醸造していたのですが、売ったり、人に贈ったりもしました。
中世になると醸造は都市や村へ移っていきます。醸造権を委託したり課税したりすることで、都市や村は良い収入源を確保したのです。
■しかし、国家による法的な規制も怠りありません。ビールの価格や税金が決められました。
規制は原料となる麦芽、ホップ、水にまで及びました。例えば、1447年にミュンヘンで公布された布告は、1516年にはバイエルン公国全体に拡大された法律となりました。
一般に「バイエルン純粋令(Bayerische Reinheitsgebot)」として知られるこの法律は、ドイツでは今日もなお効力を持っています。
この法律は多分、食品に関する法律の中では世界最古のもののひとつです。
紀元前3500年前、チグリス川とユーフラテス川の間に栄えた国バビロニアで、ビールはすでに重要な役割を演じていました。
ヨーロッパでも、石器時代初期の出土品は、今のドイツにあたる地域でビールが作られ、飲まれていた事を示しています。
発掘調査によれば、ビールの製造法はほぼ同じです。
つまり、焼く前のパンを水に浸しておくと自然に醗酵が始まり、それによってアルコールと炭酸が生じるのです。
バビロニアではすでに、デンプンを糖化するのに必要な酵素を得るため、麦芽を用いることも知られていました。
古代エジプトではパンからマイシェを作り、その麦芽汁を醗酵させました。
当時はまだホップは、知られていません。
でもビールの香り付けには色々な香料が用いられていました。
●紀元前から紀元後の変わり目の頃、ヨーロッパでは、ケルト族がアルプスとドナウ川にはさまれた今日のバイエルン地方で、ビールを作っていました。
ただ、当時のバイエルンを支配していたローマ人達は、ビールを高く評価してはいません。
●この初期の醗酵飲料が今日のビールへと発展するまでには長い時間がかかりました。
ドイツを例にあげて説明しましょう。
より早く、より確実に醗酵させることは、醸造過程で酵母を含んだ泡を加えることで解決できました。
しかし、
本来どんより濁っていたビールを澄ませ、苦味をつけるために、ありとあらゆるものが添加されてきました。
例えば、こけもも、杜松(としょう)の実、オークやブナの樹皮、濶葉樹の葉、サルビア、没食子(もつしょくし)等々です。
ホップがビールの製造に利用されるようになったのは、ようやく7世紀頃になってからのようです。
■紀元前500年頃からつくられ始めた"グルートビール"の味付けに使われた、雑味を和らげるため薬草 グルート。
苦味付けとして実際に用いられた薬草には、ホップ、グルート、タチヤナギ、テンニンカ、サ ルビア、アニス、ハッカ、ニッケイ、チョウジ、ニガヨモギなどがありました。
その後、9世紀頃からは、香りがよく、苦味も適当等という理由でホップを使ったビールが主流となりました。
●この当時、ビール作りは修道院で行われていました。
もっぱら自家消費用に醸造していたのですが、売ったり、人に贈ったりもしました。
中世になると醸造は都市や村へ移っていきます。醸造権を委託したり課税したりすることで、都市や村は良い収入源を確保したのです。
■しかし、国家による法的な規制も怠りありません。ビールの価格や税金が決められました。
規制は原料となる麦芽、ホップ、水にまで及びました。例えば、1447年にミュンヘンで公布された布告は、1516年にはバイエルン公国全体に拡大された法律となりました。
一般に「バイエルン純粋令(Bayerische Reinheitsgebot)」として知られるこの法律は、ドイツでは今日もなお効力を持っています。
この法律は多分、食品に関する法律の中では世界最古のもののひとつです。
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